カテゴリー別アーカイブ: 思考整理

受注者にとって「やりづらい」発注者になるには

社内の自分の目が届いていなかった部署で、ある開発会社に対して明らかに不要な費用を支払っている例があった。横柄になれとか圧迫しろという意味ではなく、騙しづらいという意味で、受注者にとってやりづらい発注者になる方法を考えてみる。

知識がないと騙される

業者にいいようにされてしまう場合、往々にして自分達に適正な知識が無い場合が多い。業者から出された金額や工数、あるいはその作業内容が妥当なものかどうかを自身で判断することができないため、そのまま丸呑みするしか無くなってしまう。最近あったケースだと、問題集アプリを作ってもらった業者に、別の問題を差し替えるだけの作業にも関わらず、初期開発の時と同じぐらいの費用を請求されていたということがあった。これは直前に知ることが出来たのでストップかけられたけど、危ないところだった。

自分でちょっとしたものなら開発できるぐらいまで知識を身につけておけば、勘所を理解できるようにはなると思う。ただ、いま騙されてしまうレベルの人達にそれを求めるのはちょっと難しい。

受注側の事情

発注者側の理不尽な依頼や、締め切り直前の急な仕様変更などに振り回された経験のない受注者は居ないと思う。明らかに騙しに来ている場合はともかく、誠実にやろうとしている受注者であっても、可能な限りバッファをいっぱい取りたいと考えてしまう。往々にして発注者側の怠慢や横柄さを起因とした結果でもあるため、なかなか業者だけを責めるのは難しい。

「比較」は知識の代替になる

まったく未知の領域の事柄で、自分自身に知識が全くない状況にも関わらずその評価をしなければならない場合には、同種の物を「比較」することで知識不足を補うことが出来る。複数の業者に相見積もりをすることで、見積もりのケースにおいて「比較」をすることが可能になる。

複数の見積もりを比較することで、作業項目やその単価がわかる。比較をすることで、突出したものや過剰な項目、あるいは不足しているのが何かを把握することができる。不明なことがある場合には、全ての会社に対して同じ疑問をすることで、騙されずに「正解」を知ることが可能だ。つまり、たとえ自身に知識が不足していたとしても、相見積もり先の企業の知見を間接的に借りられる。

相見積もりをされた場合、受注者側は自分達と同様の知識・スキルを持った同業者との戦いになるため、かなり「やりづらく」なる。さらに、相見積もりを取っているということを事前に言うことで、「やりづらい」効果は増していく。


「オフショア開発」と「コンテキストをあわせる」

コンテキスト(コンテクストとも言う)は、文脈や文章などの前後関係、事件・出来事の事情や背後関係、と定義されている。わりと範囲の広い言葉で、自分自身は共通認識や文化が異なるときに「コンテキストが違うのでウンヌン」と言う使い方をすることが多い。

【文脈/コンテクスト】 に、コンテキストとは何かを理解するのに、とてもわかりやすい説明があった。

 <コンテクストのすり合わせ>とは特に、演劇において使われている用語です。
例えば、劇のとあるシーン。役者Aは自分の演じるキャラクターが、そのシーンで怒っているのだと思った。しかし役者Bは、そのシーンで役者Aの演じるキャラクターは、悲しんでいるものだと考えてしまった。
このまま舞台練習を開始しても、役者AとB、ふたりの演技は食い違ったものとなってしまいます。ですから事前に、脚本その他演劇全般に対する解釈を、皆の間で一致させる作業が必要となってきます。
解釈、すなわちコンテクストを共有・一致させる。このような作業が、<コンテスクとのすり合わせ>なのです。

日本は高コンテキスト文化と言われる。最近はそうでもないのかもしれないけど、おおよその価値観が人や地域によって大きく異なることは少なく、「空気を読む」ことで、お互いが求めてるものを理解することができる。一方、アメリカなど多くの人種が入り交じっているような国は低コンテキスト文化とされている。そもそも読むべき空気が無く、価値観もまちまち。両者の差異は本の厚さでも比較することができる。低コンテキスト分化の国では、経緯や背景、心理状況などを事細かに記載することで、まずコンテキストのすり合わせから入る必要がある。

同じような職種の人のように、お互いに同一のコンテキストを持っている同士では、非常に楽にコミュニケーションできる。お互いにお互いの空気を読めるため、それをわざわざ伝えなくてもその背景が共有できてしまう。これはいっけん良いことのように思えるけど、この「コンテキストをあわせる」という能力がまったく育たなくなってしまう。

オフショア開発の課題の一つとして、「日本側の要件・要求が正しく伝わらない」ということがある。これはこの高コンテキスト文化でのコミュニケーションが主な原因だと思う。異文化間でコンテキストをあわすことは難しい。いや、おそらく無理だ。欲しい物、つまり品質目標も含めて「要件をすべて書き切る」必要がある。

面白いのは、「いい感じによろしく」と、他人にある程度丸投げてやってもらっていた人にオフショア開発向けの要件定義書を書かせてみると、いくら頑張っても「要件を書き切る」ことができない。しょっちゅう、望んでいたものと違うものが出来上がってくる。書かせてみることで、内容についてどれぐらい網羅的に考えているかの判定に使うことができる。誤解されがちだけど、頑張っても「伝わらない」のはコミュニケーションスキルの問題ではない。

なるべく、コンテキストの共通点が少ない人と話すことで、このあたりの能力を伸ばすことに繋がってくる。例えば同じ会社の中なら「まったく技術の分からないセールス」と「技術者」のように、専門用語が通用しない相手がいい。技術がわからない人に対して、技術の話をわかりやすく話すという経験を積みまくることで、このあたりのスキルがすごく身についた。